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2017年6月 1日 (木)

古いUSBから

約2年ぶりのブログとなります。

大げさですが最近、なんとも懐かしい過去の自分と再会したような感動があったので、ちょこっとブログにでも載せてやろうかと思い立ったところです。

私は仕事上古いパソコンから資料を見るためどうしてもUSBを使って資料を取り込み自分のPCで見ないといけないこということが時々あります。

先日もいつものように、普段使用しているUSBに取り込んでと、探すのに、あれ?ない。中身はいつもクリアにしているので、情報漏洩の類にはならないものの、その日に限ってない・・・・(結果的にはすぐに見つかった)

あれ?どうしましょう。イラチな私は、もう十数年使っていないUSBを机から出し、それを使ってパソコンに挿入・・・・

そしたらまあ何と・・・以前私が乗っていた車の写真が出てきました。

あれあれ・・・何とも懐かしい「赤ジープ」チェロキー野郎が現れてきたではありませんか。

車買い替えの際、記念写真にと撮ったものでした。

これを乗っていたのは平成12年~平成17年・・・・今からもう12年前のことですよ。

今の職場に異動してきたころです。

そこが何とも今の私には一層感慨深く映り、思いもひとしおなのです。

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燃費は悪いわ、エアコンは毎年ガスを注入しなくちゃいけないわ、取り付けたオーディオはおかしな冷却ファンの音はするは、散々だったけど、乗り心地はアメ車特有のフワフワ、フワフワして何ともいえない感覚で楽しかったことを今でも覚えています。

いい顔してるでしょ!どうです?

当時同じ職場の子がこいつを見て「真似さしてくださいっ」って言ってきて買いましたらかね。

こいつともいろんなことがあって、いろんな思い出がいっぱい。

しかし唯一、こいつのダメなところ。それは・・・私がどこで走ってたか、必ず誰かに見つかってしまうってとこ。

目立つんですよ、こいつ。昼夜かまわないからねeye

狭い地方には非常に・・・不向きな車です。

いやー懐かしい、懐かしい。

こう振り返ると私って昔っからこんな車乗り回してるんだから、自分のスタイルってホント変えてないよなぁ。

ここまでくると自分にアッパレだよ。ガハハcoldsweats01

2015年4月10日 (金)

アメリカンスナイパー

久しぶりのMOVIX日吉津。

私、どうしても気になる映画は映画館に行くようにしている。

(前回は何の映画だっけ?あれ?思い出せない。少なくとも1年以上前になるのかな。)

久々にこの作品、観てみたい感情に駆られた。上映最終日、しかもメンズデイ。仕事帰りに足を運んでみた。

クリントイーストウッドの作品は毎回話題となり評価も高い。その度、観るようにしているが、どうも私はしっくりきていなかった。いい作品なんだけどなんか不完全な気持ちで終わっていた。

今回は・・・なかなかの出来栄えだと思った。テンポがよく時間も気にならず約2時間、集中して見ることが出来た。

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なんだか昔観た映画「ディアハンター」を思い起こす映画であった。内容が内容だけに素晴らしいと言ってはいけないのだろうが、これがイラク戦争の実情なのだろう。

最後のシーンはあれ?終わりなの?って感じだったのが残念だったが、家に帰ってネットで調べると、実はその続きも映像化していたらしいが、なんせ実話をもとに映画化しているので、主人公の遺族との話合の結果、そのシーンはカットされたらしい。

しかしそれを流さないとこの作品の本質である帰還兵の”心的外傷後ストレス障害(PTSD)”の怖さが見えてこない。

DVD化された時に特典映像としてあるらしいが、それを楽しみにしてみたい。

アメリカの戦争を題材にした映画はかなり昔から観てきたが、観終わった後いつも思う。

日本はこういった犠牲の上に国民は平和(ボケ)に過ごすことが出来ているのだなと。

それと・・・アメリカからは何事においても対等には扱ってもらえない国であるという現実を。

2014年9月10日 (水)

聞きたくないのに

最近やたらと耳にする歌。

「若者たち」と「アナと雪の女王」・・・・

正直、耳障り・・・どうしたら耳にしなくてすもんでしょうか?私はほぼ毎日ラジオを聞く。「君のー行くー道はあぁああああ♪」聞こえてくる。ゴルフ練習場でも有線で流れてくる。「愛のままでえええ♪」スポーツクラブでも「レリゴーレリゴォォォ」テレビをつけるとまた・・・・・

じっと耐えるしかないのかなあ。

何で今更「若者たち」なんだよ。

この歌、私が小学校三~四年生の担任がやたらと歌好きで、生徒全員に歌集本を配って毎日歌わされた。

特にこの「若者たち」「ドナドナ」「大山讃歌」もーっ耳にタコ。ほぼ二年間毎日歌わされた。

前置きしておくが、その二年間は今までの学生生活で一番充実していて楽しかった。成績もよかったしクラスが一体感かあったし、何より誇らしかった。おそらくその先生に習った生徒は間違いなく異口同音でこの言葉を発すると思う。

それくらい素晴らしい先生だった。

だけど、だけど唯一嫌だったのが、歌の時間・・・・・5分間。なんで歌なの?そう私は思いながらこの数分時間を耐えに耐えた。。。ほぼ毎日・・・・。

だからこの歌はもうイイ(苦笑)もうおなか一杯なのだ。勘弁してほしい。

どうしたものだろう。今になってまたもや、ほぼ毎日耳にする。なんとかしてほしい・・・。

そして「アナと雪の女王」。私、基本的にいい歌とはまったく思っていない。

それに外国の曲に日本の歌詞をつけるといったカバー曲が昔から大嫌いでした。なんか翻訳と違うのに語呂がいい言葉をのせるところが聞いてて恥ずかしくなる。

加えて・・・松たか子の声。キーキーのど筋立てて歌っているのが思い浮かぶ・・・苦しそうで怒ってるようで・・・これもほんとうに聞きたくない。

こんな思いをしているのは私だけだろうか??お願いだから早くブームよ去ってくれ・・・・

この歌が大好きな方、すみませんね。

2014年5月22日 (木)

THANK YOU & GOOD BYE

平成17年6月3日。

縁あって私の元に来たあなた。

光陰矢のごとし。早いもので、あなたと会って8年も経ちました。

楽しい時も、うれしい時も、悲しい時も、寂しい時も、悔しい時も何も言わずに黙って寄り添ってくれたあなた。

暑い時も、寒い時も愚痴一つ言わずに黙っていろいろなところへ連れていってくれたあなた。

今も目を瞑ればあなたとの思いでが走馬灯のように蘇ります。

あなたは特に目立つ方ではなく、早く走ることもできず、無愛想でモテなかったけど、丈夫で、実直、縁の下の力持ち、有事のここぞという時には最大限の力を発揮してくれました。

そして大きな故障もすることなく、今まで乗り継いできた車の中でも断トツの優等生でした。

しかし、別れるのは辛いけど、さよならを言う時が来てしまいました。

世界にはまだまだあなたを必要としている方がいるそうです。新しい方にもわたし以上に優しくしてあげてください。

命尽きるまで、もう少し誰かのために頑張ってください。

明日でお別れです。

THANK YOU & GOOD BYE

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2014年4月25日 (金)

業界誌初掲載

先週、私が昨年まで施設長をしていた老健施設に全国老人保健施設協会機関紙「老健」の方が取材の為、東京から飛行機に乗って来所されました。

取材主旨といいますと、機関紙特集ページ「老健施設職員のためのメンタルヘルス」という内容で、全国の老健の中で特にメンタルヘルス対策に熱心に取り組んでいる施設ということで、インターネットで隈なく検索され、当施設にたどり着かれらしく、事前の電話インタビューを経て、この度、白羽の矢があたったそうです。

本来ならば、私はこの席上にはいないはずなのですが、私が平成17年4月より事務長として施設に異動してからこのメンタルの取組を始めたということで、今回招へいされたというわけです。

全国誌の取材ということもあって、機嫌よく現理事長、現施設長もインタビューを受けられていました。

しかし、このように注目された当施設も、当時は経営状況も介護報酬が大きく変わる大改正となる時期で経営状態も厳しくなる時期であり、またある事情があって事務長不在となり、施設内は大混乱となっていました。そんな最中、まさに私は「火中の栗を拾う」という形で病院からこの施設へ異動してきました。

施設長は当時もおられたのですが、前事務長が実質経営を仕切っていたこともあり、私はそれを引き継ぐ形となったわけです。

それに今でこそ、法人は医療介護連携強化、情報共有を強調していますが、当時は病院は病院、介護は介護とほったらかしで寄りかからないでって感じの扱いでした。

・・・・今振り返ると、困難続きばかり起こった私の船出でした。就任して早々、ボイラーの故障、送迎車、設備、什器はボロボロ、施設内は毎日どこかが故障する始末、すでに給湯許容オーバー状態となっていた利用者の大浴場の温度は常に低く、特に冬場になると現場職員から毎日のように「お湯がぬる過ぎ、利用者が風邪をひきます。」との毎日のように苦情がありました。

また、今だから言える話だが、私は介護事業は初めてであり、就任からいろいろな方に教えてもらったり、本や業界紙もかなり読みあさりました。そして知識が増えれば増えるほど、仕事の思考や手法があまりに違う施設の仕事のやり方に正直唖然としました。

施設は幼稚園かと思うような飾り付け、しかも飾りっぱなしで破れや蜘蛛の巣があっても誰も気に留めない。倉庫の中もめちゃくちゃ、オリエンテーションや行事に使う小道具の整理もできていない、カルテ整理などもできておらず、どこに何があるか見当がつかない。壊れた福祉用具もしまいっ放しで廃棄するにもできない状態。

自分たちの感情が満足する介護に終始し、記録の取り方、会議の進め方、家族カンファ、上げればきりがないがこういったことはお粗末極まりない。キツイ言い方をすれば、まさに自己満足の介護、根拠に欠ける持論がまかりとおり、本当に利用者のため?と首をかしげるような経費の使い方もあったり。申し訳ないけど職員で老健とは?と尋ねても答えれる職員は正直いませんでした。まさに特養化状態でした。

事業所とは?老健はどうあるべきかと職員に解いても右から左、私と意見が違うと職員から詰め寄られたこともしばしばありました。正直私に見切りをつけて辞めていった方も何人かおられました。

そして頼みの綱であった、何かあると相談していた病院時代の私の上長はいつの間にか退職してしまい、トカゲのしっぽ切り?梯子外しよろしく、いつしか法人内でも孤立していました。

しかしある時期からそれこそ、「我は青鬼なり」とばかり「よーし、やったる」って感じで、ある意味開き直って仕事をしました。孤立?孤独大いに結構、職員に迎合することなく、正常な職場環境や今後の老健とはどうすべきか?を在宅復帰施設リハビリ中心を大目標に掲げ、たくさんの新卒セラピストや介護福祉士を採用するようにしたし、デイケア土曜日営業、選択給食、手作りおやつ、そば打ち、ぶり解体、各部署での役職を設け多くの職員を登用し、組織運営として体をなすようなシステムを構築しました。介護報酬形態や方向が私の言う通りとなってきたことが職員も理解してもらえるようになってからは次第に協力してくれる職員も増えてきて、様々な取組をみんなと一緒にやってきた、そんな7年間でした。

それが現在は上長が何にも言わなくても現場や部署がそれぞれ責任を自覚し、自主的に機能し、それにつれ次第に業績も好転となり、全国でも5%ほどしかない「在宅強化型老健」の単位を取得できるようにまでなりました。

以前のブログでも書き込みましたが、本当にいい施設になったものです。

そんな中でのインタビュー取材・・・・。この施設にどんな形であれ、全国でスポットライトが当たって本当に良かった。

と感慨に耽る今日この頃でした。

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2014年3月15日 (土)

今までなかった習慣の是非について

今年初めは家のことでなんやかんやあり、また特に書き込むようなネタも思い浮かばず、気づけば今年初めてのブログとなってしまいました。

私、ふと知らず知らずのうちに自分が行ってしまっているある習慣に気づきました。

それは・・新しく知り合いとなった方や興味のある方などが自分の前に現れますと、インターネット(スマホ)でその方の名前を検索してみるといった行為です。

新しく出会った方、紹介された方、気になる著名人に至るまで、興味があると、とりあえず名前をネットでパチパチっと打ち込み、検索をかけてその方の情報を得ようとしてしまっていることです。

以前は気になる場所や行ってみたいスポットや店などのホームページ等で住所や電話番号検索に便利ということでもっぱらネット利用していましたが、最近は個人表現の発信も積極的となり、世間的にもなんら違和感なく、「フェイスブック」や「ツイッター」というツールを通じて自身の情報をアップされている方が多くなってきていることもあって人物情報も多くなってきたように感じます。

自分の顔や就業場所、出身校を知らせ、つぶやき、どこに出かけたとか、どのような友達知人とお付き合いしていることなどを日記として社会に公開されているので、キーボードをパチパチっと叩けばその方の情報を知ることが出来る場合があるのです。

しかし、しかし・・・・その情報収集行為は本当にいいことなのかなあと、自分がそんなことをしておきながら、ふと考え過ぎの虫がにょこにょこと心の中で芽生えてくるのです。

初対面から、名前しか知らない方、もっと言えば竹馬の友に至るまで、知らなかった情報、知らなくてもいい情報を画面で一気に知ってしまう・・・・。それってどうなんだろう。

「あまり深く考えなくていいんじゃないの」という声なき声が聞こえてくるのではありますが、それでもなんとなく私は引っかかってしまんですよね。

特に新しく知り合いになった方などは、色々と知りたいという欲望が生まれ、話をしに会いにいったりして、都度、相手との距離感を探りながら徐々に徐々にその方の為人を知っていくという行為があるような気がします。

そんな思いを巡らせ、会ったり、話をしたりしながらして、小さな発見の積み重ねることが、人間関係構築の素晴らしいところのような気がすると思うのですが、それをすべてすっとばして、過去や結果だけをこの小さな画面ツールで知ってしまう。(もちろん、ツール内でもすべてをオープンにしていない方もおられます。)

私は否定も肯定もしないし、これが今という時代というものなら乗っていかなければいけないと思います。

しかし、これからって時に、知らなくてもいい交友関係やその方のプライベートや基本情報も同時に知ってしまう。

その方のイメージや人物像を勝手に作り上げてから対岐し、関係を構築していくことや見切った感が芽生えることに私は若干の抵抗を感じてしまう。

「あっあの人と知り合いなんだ、あそこに出入りしてんだ、あのグループか、そんな趣味があったんだ、あの学校か、そんな考えをたんだしてたんだ。」

「じゃあこんなことは話したりしたらだめだなあ、あの人と繋がってるんだったら余計なことは言えないなあ・・・・こん話をしたら喜ぶかな・・・」

私のような昭和人間は、お茶や飲めないお酒や食事をしながら話をして仲良くなったり、意見が違えば喧嘩したりして、疎遠になったり、仲直りしてもっと仲良くなったりすることで、関係を作りあげてきた。

もちろんそんなことをしながら生きていれば、私のこと良いと言ってくる方もいれば、最低と言う人もいる。でも私はそうやって人間関係を作り上げてきた。

しかしそんな時間のかかることを端折りショートカットして、インテリジェンスしまってから人と付き合うってどうなんだろうか。

その情報は必要なんだろうか・・・・

そんなに人間はできていない。知らず知らずに処世術を身に着け、自分を基準にし対等か上か下ってなんかをすでに知る前からイメージし人物像を作り上げてから対岐し、付き合いを初めてしまう。

自分自身もまた、自分を表現するツール画面を通して友人や物、言葉、写真をくっつけてデフォルメしながらこうゆう人間であるよと組み立てていっているように見える。

だからお互い知りえた情報の中で、安全運転で個々のネットワークを構築していく。

いいところしか見せない、余計なことも言わないかわりに喧嘩もしない、ぶつからない、しかし一定以上に仲良くもならない、当たり障りのないことしか会話ができない、すべてが表層的なような気がしていならない。

もっと細かく言えば、現実的な問題として、私のような建物の中で何十人、何百人の方々と一緒に仕事をしている場合、よくよく話さずとも相手のある程度ことはすでに知ってしまっている状態って案外にある。

職員同士あいさつ程度の関係でも、「昨日は何処どこへ、誰と出かけて何を食べて」なんて情報は話さなくとも習得済み・・・

考えれば怖い話ですよね。せめてコメント入れろ、話しろってことだよね。

もちろん、こういったツールを否定している訳ではない。時代に逆らって孤独に生きていく気もサラサラない。その変化には乗っていかなければいけない、昔を懐かしんでばかりはいられないし。(歌の文句みたいになってしまった)

便利であるのは間違いないし、その目に見えない利益を契約している額面以上に得ているし謳歌もいている。

しかし何かを得るには何かを捨てなければいけないのです。

人間の欲望が次々と具現化していくこの世の中。繋がってないと不安な人生。短く話すだけの関係性、気に入らなければ無視されるか「ポチッ」とするだけで消される希薄な関係・・・おーやばいやばいここまでにしておこう。

でも、どこか寂しい気がしますね。本来自由であったものが次第に自由でなくなる世界。システム化されている感が否めない・・・。

情報は情報、自分は自分。しっかりと自分軸を強く意識し、こういったツールと関わりあわなければいけないような気がします。

私は、今の時代の暗黙知のようなルールに少しは抗い、昭和の香りが残るようなアナログちっくな人間関係をこれからはもっと大切にし実践しなければいけないと強く思う今日この頃です。

2013年12月10日 (火)

年男2013

今年も残りひと月を切りました。他の方々はどんな一年を過ごされたのでしょうか。

私の感想と言えば、この一年早いといえば早かったのですが、いろんな事があった・・というかありすぎた年であった気がします。

今年を振り返ると年初、1月6日、この「マウリッツハイツ美術館展」最終日にヨハネスフェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」を鑑賞しに神戸に出かけました。

満員長蛇の列、2時間かけて長年恋焦がれていたこの絵画と遭遇し何年越しの思いが実現となり、何とも言えない満足感幸福感を感じ、幸先の良い一年のスタートを切りました。

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この日を境に(主に仕事上)まあ本当にいろんなことが次から次へと身の回りに様々な出来事が起こり、都度、自分独りで決断し最善の対処、判断をしてきたつもりです。

まあ何が起こるかわからないのが人生の醍醐味と言えばそれまでですが、我ながらよく乗り切ったものだなあと感慨に思いに拭ける今日この頃です。

私はこのような心境に入ったときは城山三郎さんの言葉を思い出します。

愚直に生きる信念「不激、不騒、不競、不従(激さず、騒がず、競わず、従わず)」

来年も毀誉褒貶に惑うことなく、自分の信念を貫き、 納得した人生が送れるようにしたいと思います。

2013年11月11日 (月)

心の声を待つ

私は自分で大切にしているルールがあります。

何か障壁があったり判断をしなければいけなくなると、必ず「心の声」というか心の鐘がなるように思慮深く耳を傾けることにしています。そうやっているとなんとなく適切な言葉が心に落ちてくるんですよね。それを待つという感覚とでもいいましょうか。

だから私は何事においてもあまり即断即決はしないほうなんです。どこか感情が高ぶっていたり、公平を欠いたりして振り返るとまともな判断が出来てない場合の方が多いんです。

下世話な話ですが、何か買い物をするときも余程のことがない限り衝動買いはしません。

甘い話に裏があると疑ってかかるところから、どうゆう行動をとるのが人間として正しい道なのかというところの話まで・・・それがたとえ各方面から批判を受け孤立したとしても、それは甘んじて受ける覚悟をもつ。その上で自分の対処を決めます。

これは白黒はっきりさせることもあれば、させない勇気というか、じっとしている、動かない勇気というか機が熟していない、タイミングは今じゃないってことも含めてです。まあ直感にちかいんですがね。

下した結果は大抵は納得して安息な生活が出来ているってことが多いですよね。

それにいったん決めてしまうと早いんですが・・・。

でもよく私のことを知っている仕事仲間は納得してくれていると思うんです。

そうゆうシーン今まで何度もあって、その都度毎に正解にしてきたから。。。だよね?(ここで同意を求めちゃいましたがcoldsweats01

それでもいくら考えてもその声が聞こえないときもあるんですよね。

そんなときはどうするか・・・他人に聞いちゃうんです。

その他人とはずばり「本」です。

私はいつも答えが見つからず、迷ってしまうと本をあさります。直接的で明快な答えを求めて読むのではなくて、その本の話の中にある著者の思考等を読んでいるうちになんとなく間接的に助言してくれるみたいな・・・

今までの人生で、幾多本に助けられたかしれません。博識な方、もうこの世におられなくなった方、普通ならお話もしていただけない有名な方々と心の中で会話させていただける。そしてアドバイスまでいただけちゃう。

こんな素晴らしいことはありませんよね。(学生時代に知っておけばねえshock

私は最近この二冊を買いました。

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はてさて、この方々は私にどんなことお話していだだけてくれるのかこれから楽しみです。

それでも「声」が聞こえない時は・・・・ケセラセラ(なるようになる)ですかねbleah

2013年11月 2日 (土)

車窓から見た数秒間の物語

今日はセンチメンタルなつぶやきをいたします。

今日は松江でゴルフ打ちっぱなし練習場に行ってきました。

夕方6時前、練習を終えアルペンに寄ってゴルフTEEを買い、国道485号線を運転中、車が渋滞していてたので、ふと何気なく左に目をやっていたら「大人1800円、小人800円」と大きく看板に書いてある散髪屋が目に入りました。

夕暮れだったので黒い影しかみえなかったのですが、その散髪屋の前で小学3~4年生位であろう小柄な男の子が一人立っていました。その子はその散髪屋の中をチラチラと伺いながら、入ろうかどうしようか店の前でうろうろしていました。その子は意を決して扉を開けて、妙に子供らしからぬほど前かがみで会釈というかぺこぺこと何度も頭を下げながら中に入っていきました。

私はその子に「がんばれよ」と心に中で声をかけて車を動かしました。

皆さんはどうってことないことだと思うかもしれませんが、私にはそのたった数秒間が一つの物語を見たようで、自宅に帰った今でもその光景が目に焼き付いてはなれませんでした。

小人800円の散髪屋、子供一人、初めて入るであろうその様子、扉を開けて中に入る光景・・・・

散髪屋に入るの初めてなのかなとか、親に800円持たされて一人で行って来いっていわれたのかなあとか、はじめくらい親がついていってやってもいいのになあとか、鍵っ子なのかなとか・・・

その子の生活背景とか家族構成、親の育て方や事情とかいろんなことを想像してしまいました。

あの子が自分の倅だったらと想像するだけでなんだか胸が熱くなります。

子供には子供のなりの世界があり、いろいろと考えながら生きているんですよね。自分の立ち位置を肌で知り、社会との距離感を微妙にとりながら、自らの成長していく術を身に着けていく。

あの子いい具合に散髪できたかなあ・・・いやきっと男前になったと思います。

2013年10月25日 (金)

スポーツクラブにて

私はもうかれこれ14年位になるでしょうか、駅前のスポーツクラブに通っています。毎日通うときもありますが行かなかった月もありその時々の気分に左右はされますが、ここ数年は週1~2回程度は通っています。

何事においても継続性のない私ですが、スポーツジムだけは何故か性に合っているのか退会することなく継続しています。

よくもまあ続いているものだと我ながら感心しています。

設備も充実していてランニングマシンやトレーニングマシン器具も豊富にあるし、プール、大好きなサウナや大きなお風呂も完備されていて、私にとって大変居心地のいい場所です。

健康増進ももちろん大切ですが、やはりストレス発散の場に大いに役立っていると思います。お酒を飲んだ次の日や一人になりたい時、機嫌が悪くむしゃくしゃしていたりイライラした時、落ち込んだ時など・・・・負のスパイラルに陥りやすい私の軟弱な心身をいつもリフレッシュ、リセットしてくれる場所です。

大概、行った帰りは気分も落ち着いて心地よくなっています。

そういった意味では、月に〇千円で何時でも利用できるのは安いものだと思います。

最近はジム利用者のほぼ半数の方はウォークマン等の音楽プレイヤーを耳につけて汗を流されています。

私も約1年ほど前からウォークマンを購入して、好きな音楽を聴きながら運動しています。

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最近の音楽プレーヤーは便利になっていてパソコンから好きな曲を取り込めるようになっているんですよね。

この小さなウォークマンでも2千曲くらいは入るんですよ。

でもそれくらい豊富に容量があるのに、結局、あまりノレない曲やもう飽きてしまった曲をBGMとして聞き流すことのできない私は消去しまた新しい曲を入れる作業をしてしまいます。

結局のところ中にあるのは数十曲なんですよね。

そんな作業を定期的にしていると面白いもので、自分が何時聞いても、何十年たっても飽きない楽曲が結局セレクトされるんですよね。どうしてもその曲じゃないとのれないみたいなcoldsweats01

そこで私のお気に入りって何なんだって話になるんですが・・・

私が高校生の時に聞いていた映画「汚れた英雄」主題歌

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それに今話題?の飛鳥涼のこの曲

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あとはコールドプレイの「美しき生命」

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ですね。この三曲だけは、すっと私のウォークマンに残り続けている珠玉?の名曲となっています。

あっそれとこの永遠の名聴盤に肩を並べようとしているのが次ですかね。

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Title

まあ惰性になりがちな日常生活も、「ジム通い」を挟めることで心地よい疲労感を得て一日が終われます。

さて今日はどうしましょうかねsmile

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